王たちの眠る場所(ロスキレ大聖堂@デンマーク・大聖堂にたどり着くまでの巻)

コペンハーゲンから20分ほど電車に乗った先に、ロスキレという街がある。ここに12世紀に建造された聖堂がある。
それがロスキレ大聖堂なのだが、何やら曰くありとの話なので、コペンハーゲン滞在中に、中央駅から電車に乗って見に行った。


コペンハーゲン中央駅は、かなり格調高い建物である。オレの好きな煉瓦造りだ。

駅正面、この向かい側にはチボリ公園*1がある。さすがデンマーク、自転車大国だけあって、駅前には自転車がわんさかあった(画像では見にくいが、ホントにわんさか。ちなみにこの写真はコペンハーゲン到着時に撮影したもので、これ以降の写真とは撮影日が違う)。
ここから電車に乗り込んだのだが、その電車というのがこんなん。

なんとも奇妙な外見である。まるでナマコのように見える^^; 最初見たときはマジでビックリしたのだ、なんでぶった切れてんのよ^^;;

運転席はちゃんとあるのだが、なぜ前面がゴムで囲われているのだろうか。
下部には連結器もあるから、連結した際の密着度を高めるためだろうとはとは思うのだが、それ以上の理由がどう考えても思い至ず、また密着度を高める必要性も見当たらないのである。色々考えた結果、『鉄道自殺があった場合には、このゴムのお陰で遺体の損傷が少なくなる可能性が高い』くらいしか思いつかなかった。
この理由をご存じの方がいたら、是非教えていただきたいと切に願う。


もちろんナマコ電車ばかりではなく、一般的な外見の電車もある。
右側の車両は空港とコペンハーゲンを結ぶ快速電車である。ナマコと一般的外見の電車が並列していたので、記念に撮った。

空港からコペンハーゲンに向かう際に利用したのがこの電車、つまりオレが初めて見たデンマークの電車がこの外見だったので、『デンマークではこんな電車が走っているんだぁ、日本とあまり変わらないなぁ』と思っていたところに、前述のナマコである。そりゃ驚くわな。

デンマーク国有鉄道の詳細を調べたわけでもないが、オレの乗車経験から考えるに、どうやらナマコは近郊通勤列車であり、一般的外見は国際列車らしい。
先に空港からコペンハーゲン間と書いたが、実際にはその鉄道は空港の先まで伸びており、海を渡ってスウェーデンへと通じている。ちなみに空港 → コペンハーゲンは約20分の近距離である。空港 → スウェーデンに関しては、乗車していないのでわからない。


で、これはナマコ電車内の様子。

外見はナマコであったが、路線に関する車内表示は完璧だった。


と。
ここまで鉄道に関する話ばかりになってしまったが、オレは別に『鉄オタ』ではない。
『外国』に行った場合に、そこで目にするものは、当然オレにとって初めてのモノばっかりになるが、その国に住む人にとっては当たり前の光景である。こうした点で鉄道やバスなどは、他所から来た者が出会うその国の第一歩であり、その国を知る取っかかりになると思うのだ。
どんな形状か、どんなサービスか、車内の様子はどうなのか、複数選択肢がある場合の差分は何なのか、日本との違いは何か、さらには乗っている人々はオレを見てどのような反応をするのか、逆にこの国の人々が日本に来たら彼らはどう感じるだろうか、その場にオレが居合わせたらオレはどう対応するだろうか・・・。こうした点は、非常にオレの興味をそそる。


話が少々逸れてしまった。
でもこれはこれでいいと思う。オレはこうしたことを考えるのが『だって好きだから』なのだ。興味を持つ、それについてアレコレ考える、それが『好き』の始まりである。



ともかく7:47発のナマコに乗って出発、乗り込んだのが快速電車だったようで、たったの4駅でロスキレ到着、所要時間はキッカリ20分だった。
この日は土曜日、しかも朝の早い時間にて駅前は閑散としていた。ツーリストインフォメーションが見当たらなかったので、勘を頼りに適当に歩いていたら10分もしないうちに旧市庁舎のある広場に着いた。
旧市庁舎は、現在では博物館、およびレストランとして営業中。

この広場ではマーケットも開催されるので、ちょうど皆さん準備中だった。売り物は定番のお土産や怪しいアンティーク系の他、自分が作った布製品(袋物や赤ちゃん用品)、野菜果物の農産物、魚や貝など海産物、ソーセージやハムなど肉製品、その他チーズ、バター、蜂蜜にパンに生花など、市場と言ってもいいくらいの品揃えだった。これを各自、車の前に店を広げて売っている。
半分準備中ながら、気の早い客が来店してあちこちで買い物をしていた。
オレ、実は市場好きで、国内海外問わず出先に市場があれば、必ず寄らないと気が済まない質なのである。とは言え今は先を急ぐ身、まずは大聖堂を見てからね、ってことで一時退散。


で、旧市庁舎の奥にロスキレ大聖堂があった。ここは本当にデカい聖堂だった。とにかく塔が高い。

聖堂の手前を横切る女性が写っているが、その身長と比較すれば高さがわかるでしょ?
海外の大聖堂もいくつか見てきたが、その中でも塔の高さは指折りクラスである。さすがはデンマーク王室の墓所なのだ。

教会の前半分でこんな具合、左手の低い尖塔の方にもまだ建物が続いている。デカい!
この前半分はゴシック様式で、13世紀以降の増築部分である。んで写っていない後ろ半分はロマネスク様式で本来の聖堂(12世紀)とのこと。


開扉は9時からだったので、まだしばらく時間があったから、港の方へと街を散策してみた。ロスキレの街は大雑把に分けると、鉄道より港側が旧市街となっている。

港から見たロスキレ大聖堂の遠景、2Kmほど離れているのにこの姿、やはりデカい。ってか、すごく目立つ!


旧市街側は落ち着いた雰囲気の家が多く、散策するにはもってこいの場所だった。しかしよく考えると、背の高い東洋人が一人でフラフラ歩いていたら、かなり違和感のある光景な気がする。そもそも観光地ではあっても、それは聖堂周りの話、この辺りは住宅地なのだしな。とりあえず今回、不審者通報はされなかったけど^^;

住宅街の一角に、草葺きの家々を発見。お店などではなく、明らかに住宅だった。
『おぉ〜! 藁葺きじゃん*2、海外にもあるんだ、こういう家〜っ!』とテンションやや上がり。なんだか童話の世界のオウチ、って感じである。

日本では今やかなり田舎の方か、あるいは古民家園的な博物館にでも行かないとお目にかかれない。でも日本での藁葺き民家は、なんだか野暮ったい雰囲気なのだが、これが西洋風となるとかなりカッコよく見えるのだな。壁材や屋根の角度、窓の配置などからして、見た目スッキリな家である。

それにしてもこの家、さすがにデンマークに稲はないだろうから藁葺きではなし、茅もなさそうだから茅葺きでもなし、では麦葺きなんだろうか。ちょっと知りたい気がする。
んでやはり、定期的に屋根の葺き替えもするのだろうか。


ってなモンで、大聖堂内部については次回。芸術的ではあったが、でもなんか・・・ちっとね〜^^; な聖堂であった。

(2015/09/15撮影)

*1:各種ガイドでは遊園地、となっている。確かに『遊園地』であって、それ以上でもそれ以下でもなかった。

*2:正確には藁ではないと思うけど^^;

クロンシュタット要塞(ロシア・サンクトペテルブルグ)

吉村昭氏の著作で『海の史劇』という小説がある。日露戦争を扱った作品である。
吉村氏の作品は、学生時代にかなりハマって読んだもので、海の史劇もその一冊、何度も再読したなぁ・・・! 今でも本棚にしまってある。
当時も古い作品だとは思っていたが、今改めて調べてみたら1972(昭和47)年刊行となっていた。もう45年も前なのね、あらビックリ^^;

この作品の書き出しは、クロンシュタット軍港からロシア艦隊が出港する場面となっている。あの頃は『クロンシュタット、なんかカッコいい響きの地名だな』くらいにしか思ってなかったのだが、まさか後年になり、自分がその地に行くとは思ってもいなかった。ご縁とは不思議なモノである。


そもそもはエルミタージュ美術館が見たくてサンクトペテルブルグまで行ったのだが、この街の沖合にある島がクロンシュタットであることを知り、であれば・・・と滞在先ホテルで現地ツアーに申し込んでみた*1
ツアー内容は、『ガイド付き・ペテルブルグ 〜 クロンシュタットのバス往復 + クロンシュタット港内クルーズ』である。コンシェルジェ曰く、「クロンシュタットツアーは注意しないと、港までの往復だけだったりするの。港に着いてから『この先のクルーズ別料金』なんてことが多いのよ」だって。なるほど、やはりロシアでのぼったくりってのは往々にしてあるのだな。
「でもこのツアーは、ちゃんとクルーズ付きだから大丈夫よ^^」との話にて、行ってみましたクロンシュタット要塞。


ツアー開始場所にて*2バスに乗り込み、いざ出発。


発車早々にガイドの女性が、参加者に何事か質問していた、もちろんロシア語で。
何を言ってるのかオレにはわからなかったが、皆さんのお答えを注意深く聞いていると、"Moscow"だの"Vladimir(ウラジーミル)"だのと地名を言っている。


多分、『皆さんはどちらから来たのかしら?』ってな質問してるんだろうなと見当を付けて、オレも"Japan!"と答えたらガイドさんは非常に困った顔をした。
『やっべオレ、見当違いのこと言っちまったかも^^;』と、非常に気まずく思っていたら、ガイドさんがオレの席まで来て少々たどたどしい英語で"Uhmm sorry. I can't speak English.The tour is Russia only,it's okay?(悪いけど私は英語が苦手なの、このツアーはロシア語だけになるけど大丈夫?)"と聞いてきたのである、あらら^^;
ちなみにオレ以外は全員ロシア人だった^^;;


まぁともかくオレの答えはあってたみたいだし、困った顔したのはそういう理由なのねってことで。んで今更どうにもならないし、写真を撮り地名を覚えておけば、後からネット検索で何とかなるだろうと判断し、"No problem. But while you explaining, I can't understand the story, so I act without permission, but you don't care, okay?(いいっすよ。でもあなたの説明している間、オレは話がわからないから勝手に行動しちゃうかもだけど、それでもいいすか?)"と確認しておいた*3
それから手真似などを加えたやり取りの後、『ガイドさんはロシア語のみでツアーを進行し、その間オレは適当にフラフラしてても構わない、ただしガイドさんの目が届く範囲にいること』という協定が成立したのである。

何事も対話が重要である、例えお互いの言葉がわからなくても、だ(^^)


そんなんするうちに、バスはクロンシュタットに到着。

沖には要塞島が見えていた。

サンクトペテルブルグは湾の奥に位置する都市で、その沖合にある大きな島がコトリン島、そして島を湾の両側から堤防でつなぐことで要塞化、旧首都防備の前線としていた。これらを総称して『クロンシュタット』と言っている*4
さらには周囲の小島も個々に要塞化し、その守備力を高めているのである。さすがロシア、やることのスケールがデカ過ぎなのだ。

んで、まずは旧軍港周りを見学。

入り江には砲台が残され、向こう側には旧海軍施設があった。

これは(多分)旧海軍工廠、煉瓦倉庫がずら〜っと並んでいた。

ここは(間違いなく)旧海軍司令部、ロシア海軍は黄色い建物が目印となっている模様*5
ここまでが港周り、またバスに乗り込んで次なる地へと向かった・・・、とは言え、どこに行くのかオレにはサッパリわからなかったけど^^;
ってかガイドさんの説明自体をほぼ聞いてなかったので、ここに書いていることも半分当てずっぽうである。話の中に『アドミラル』って言葉が聞こえたので、まぁ海軍関連だろうと思っている程度だし^^;


ともかく、次に着いたところは旧要塞、湾をつなぐ堤防が一ヶ所だけ切れているところにある。つまり、ここが船の出入り口に当たる部分だ。

やはり大ロシアの要塞だけあって、いかめしい造りである。でも近寄るとあちこちゴミだの落書きだので、現在の権威は地に落ちているようであった。

観光用の案内板もあったが、すべてロシア語のみ。何が書かれているのか皆目見当も付かなかった。
このあたり『ロシアの意地』と見るか、それとも『恐ロシア』と見るか・・・判断はビミョ〜*6である^^;


この後はお待ちかねの港内クルーズ。各要塞島を間近で見ることができるのだな、かなり期待(^^)

まずは検閲所の役目の島、堤防から入ってきた船を検閲するための施設とのこと。

その対面には見張所の島、見張所だけあって背が高い建物である。

さらに奥側には海軍関係者の駐屯島、この島はクロンシュタット本島と堤防で結ばれている。

そしてメインの要塞島、冒頭で遠景だった島である、なんかカッコい〜!
堤防の切れ目の真っ正面に位置し、怪しい船は即攻撃だ!!

って、ウカれてしまったが^^;
ソビエト時代には、この島は牢獄として転用さてれていたのいないの・・・ってな話*7もあるワケで。海の真ん中にポコっとあって、周りは監視の目だらけじゃ、逃げ出しようもないよな。


と、こんなんで港内一周クルーズの終了。
当然のことだが船内の解説アナウンスはロシア語のみ、観光用パンフレットもロシア語のみ。よって正確な説明はサッパリ不明^^;
ただ、たまたま乗り合わせたロシア人観光客が英語可だったので、適宜解説をして貰ったのだ。ホント、ロシア人って親切な人が多いんだよね(^^)


帰国後に『海の史劇』を再読、するとクロンシュタットの描写が曖昧なことに気付いた。
『足で書く作家』と言われた吉村氏だが、さすがに米ソ冷戦の真っ最中、しかもレニングラード*8を守る要塞の取材は不可能だったのだろう*9。よって創作により、無難な書き方しかできなかったと思われる。

もし、当時の吉村氏が現地取材を行っていたら、この部分は一体どのような内容になったのだろうか・・・、オレは逆の想像をしながら読むことができたので、却って楽しみが倍増したのだった。



オマケ画像。

クロンシュタットの猫。
この水路には小魚がたくさん泳いでおり、彼は真剣な表情でその群れを追っていた。ロシアの猫もサカナが好きとみた!

(2017/04/30撮影)

*1:ロシアの街では、基本ロシア語のみ。ホテルくらいしか英語は通用しないのだ。なので何か用を足そうと思ったら、コンシェルジェを利用する方が手っ取り早いのである。とは言え、現地では親切な人々がかなり多いので、多少時間は掛かるが、地図などの指さし会話でもなんとか通じてしまうけど。

*2:地図では地下鉄駅の表示になるが、地上部分はバスセンターでチケットブースがいくつかあるから、行けばすぐわかるハズ。

*3:実際はオレの答えを理解してもらうのに、割と時間を要したが^^;

*4:正確にはコトリン島にある都市の名前が『クロンシュタット』なのだが、現在では要塞名として通っている。

*5:サンクトペテルブルグの旧海軍省も、黄色い建物だった。

*6:『観光施設とは言えロシアに来たのならロシア語を読め!』か、あるいは『まぁとりあえず説明板出しとけばいいんじゃね? 看板があるだけ親切ってモンじゃね?』なのか・・・この辺りは『各自の判断に委ねる度量の大きさ』としておけば角は立たないと思う。

*7:隔離病棟として使われた、との説もある。オレには真偽のほどはわからない。

*8:ソビエト時代のサンクトペテルブルグの呼び名。

*9:吉村昭氏は、実際にクロンシュタットの取材は行っていない。

こんなトコもあるのにね(クメール遺跡@カンボジア)

カンボジアの遺跡と言うと『アンコール・ワット』がまず思い浮かぶと思う。
他にも仏顔の塔がある『アンコール・トム』、ちっと郊外に出て『ロリュオス遺跡群』、さらに離れたところでラピュタとか言われちゃっている『ベン・メリア』、もちっとムリして足を伸ばせば『プレア・ヴィヒア』などなど。
カンボジアシェムリアップ近郊には有名どころの遺跡が目白押しである。これらは世界遺産にも登録されている*1


オレも初回は、こうした有名遺跡を巡ったのであるが、やはり初めての場合は遺跡全体の雰囲気にばかり気を取られてしまう。このため細部は見落としがちで、帰国後に撮影内容を確かめた時、各遺跡のレリーフの精巧さを見て『失敗したぜ、もっとレリーフにも気を配って写真を撮ればよかった・・・』と、つくづく思ったものだ。
そこでリベンジとばかりに、二度目以降のカンボジアレリーフにも気をつけて見ることにした。すると、これが結構面白いのである。マクロではなくミクロの焦点と言うか、改めてクメール遺跡の良さを実感することができた。


有名どころの遺跡には、やはりそれなりのレリーフが残っているし、その量も膨大である。
しかしそれら以外にも、あまり知られていない遺跡がたくさんあることをご存じだろうか。規模が小さい、あるいは破壊が進んでいる(修復度が低い)、そして最大の要因は世界遺産ではない、と言った理由により、人が訪れることもほぼ無く、有名な遺跡のすぐそばにひっそり隠れるように存在してるものがある。


・・・なんだかもったいない気がする。



例えばこんなん。

プラサット・リーク・ニャン*2という遺跡、小さな単体の祠塔のみである。入り口から進むと、このように遺跡の裏側に着く。

正面はこんな感じ。遺跡自体、既に傾いている。
こんなボロボロで、しかも単体の塔しかないんじゃ見る価値ないと思うでしょ? だから誰も来ないのだが、これを見よ。

リンテル*3レリーフだけは、奇跡的に完全な形で残っているのだ。
これは見る価値十分だとオレは思う。

この遺跡は、大回りルートにあるプレ・ループ遺跡のすぐ隣にある。プレ・ループの売店兼駐車場から、歩いて5分もかからないとろで、ちょっくら見に行けるほどの場所である。地図はココ*4



同じくリンテルではこんなん。

こちらはプラサット・バッチュム*5
やはりかなり傷んでいる。支え棒や番線補強で何とか持ちこたえている感じだ。

裏側から見るとこうなる。祠塔は三基あるとは言え、ご近所のプラサット・クラヴァンとは比べようもない荒れぶりである。
これだけ見て帰る人が多いと思うのだが、ちょっと待った! 遺跡の左脇の方、少々目立たないのだがそこに要注目。

祠塔から取り外されたリンテルが、さりげなく置かれている。
中間部の剥離が残念だが、上部や下部の彫刻はきっちり残っている。しかも地面直置きなので、細かい点がよく観察できるのだ。

この遺跡、小回りルートのスラ・スランのすぐ南側、バンテアイ・クディやプラサット・クラヴァンからトゥクトゥク*6で5分ほどの至近距離、ちょっと足を伸ばす程度の場所となる。地図はココ


なお、この2ヶ所は立ち入り時のアンコールパス*7の提示は必要ない、ってか、そもそも管理官が駐在していないから^^;
でも遺跡エリア内にあるので、アンコールパスがないと見に行くのは不可能*8である。


次はアンコールエリアから外れたところにある遺跡。

バンテアイ・トム*9である。
入り口に参道があるので、本来はそれなりに大きなヒンドゥー寺院だ。しかし現在は崩れてしまい、かなり悲惨な状態になっている。

門の内側、崩れ方が厳しい。

中央に祠塔、しかし基壇すら見えないほどになっている。まさにボロ、ところが落ち着いて見回ると、

デヴァダー*10や、

レリーフが割合にシッカリと残っている。


まぁこの程度の残り具合であれば、わざわざ足を伸ばしてくるほどもないのだが、実は他ではあまり見たこともないものがココにはある。

内部参道にレリーフがあるのだ。見にくいのでちっと拡大。

アンコール遺跡では通常、レリーフは壁面に施されているが、底面というのはあまり見たことがない。しかもこれ、線刻のみで肉彫りの状態にまで仕上げられていないのである。
さらに不思議なのは、顔から上がないこと。制作途中で放棄したようにしか思えない点だ。一体何だろう?

アンコール遺跡はオレが見た限り、かなり精度が高く、どこでもきっちり仕上げられているのが普通である*11。この点、エジプト遺跡とは完成度が違うと思っている*12
なのでバンテアイ・トムに関しては、かなり謎。・・・単に壁が崩れた結果、参道の一部のように見えているだけかも知れないけれど^^;


ここはアンコール・トムの北側だが、大回りして行かなくてはならないので、シェムリアップ市内からは30分くらい掛かる。トゥクトゥクドライバーも場所を知らなかったので、道々地元の人に道を聞きながらで到着した。
地図はココ。ちなみにこの遺跡は、管理官が常駐しているのでアンコールパスが必須である。


最後はまたリンテル、しかしこのリンテルは大御所級である。

ワット・エンコーサイ*13というところ、シェムリアップ市内のヒンドゥー寺院に残されている遺跡である。
門と祠塔が二基のみ、その後ろの黄色い建物が現代のヒンドゥー寺院だ。

門から覗くと、中央祠塔が真正面になっているのがわかる。

近寄るとこんなん。元は三基の塔があったと思うが、左側の祠塔は無くなっている。その代わり、なぜか右側に小さなパゴダが造られている。
中央祠塔のリンテルに注目。

またリンテルかよ、と思われるかもだが、これは『乳海攪拌*14』のレリーフである。
実はなんと、リンテルでの乳海攪拌は殆ど例がなく*15、そのうちでもワット・エンコーサイはトップクラスの美しさと言われているのだ。
拡大してみるとこんなん。

確かに美しい、しかも保存状態もかなりいい・・・ところが誰も見に来ないのである。ナゼだ?


この遺跡は立地もよく、アンコール国立博物館やチケットオフィス*16からトゥクトゥクで5分前後、市内のホテルからであればアンコール・ワットに行く途中で、ちょっと立ち寄りが十分可能である。しかもアンコールチケット不要なので、気軽に見ることができるのだ・・・ところが誰も来ない。これこそもったいない、ってかみんな、レリーフにそこまで興味が無いのだろうか?
ちなみに地図はココである。



オマケ画像。

本文中のそこここに出てきたトゥクトゥクは、こんな感じである。客は屋根の下だが、ドライバーさんは炎天下なのだった^^;

(2017/12/28撮影)

*1:アンコール・ワット,アンコール・トム,ベン・メリア,ロリュオスが『アンコール遺跡群』、そして『プレア・ヴィヒア』は単独でそれぞれ登録。

*2:『Prasat Leak Neang』今のところ、日本語ネット検索ではヒットしない。

*3:出入り口を支える柱の上に水平に渡したブロック石のこと。まぐさ石とも言う。

*4:この遺跡は知名度がかなり低いと思う。遺跡観光専門のドライバーも知らない場所だったので、地図は必須。

*5:『Prasat Bat Chum』ネットではいくつかヒットするが、リンテル情報は皆無だと思う。

*6:バイクタクシーのこと。シェムリアップでは三輪バイクではなく、原チャリの後ろにボックスシートが付いているタイプ。小回りがきくし、なにより走っている間が涼しいので、オレは大好きである(^^)

*7:アンコール遺跡群見学用の入場チケットのこと。年々値上がりして、かなりイイ金額になっている。

*8:遺跡エリアの入り口でパスチェックが行われているのだ! そしてさらに各遺跡ごとにもパスチェックを実施と、かなり厳重なシステムとなっている。

*9:『Banteay Thom』ココはかなり検索ヒットする。でも現地では超マイナー。

*10:女神像のレリーフのこと。

*11:ほ〜んの少々例外もあるけど。割と有名だがアンコール・ワットに、肉彫りのなかに1ヶ所だけ線刻のみで終わっている部分がある。

*12:エジプト、細かそうに見えて実は手抜きが多いのだ。かなり笑えるレベルで中途半端になっているが、その話はいずれまた。

*13:『Wat En Kau Sei(Preah En Kau Seiとも)』カンボジア現地旅行会社の情報がヒットする。

*14:ヒンドゥー教での天地創造神話。アンコール・ワットの壁画が有名である。

*15:壁画では多いが、リンテルとしては8ヶ所ほど確認されているのみ。

*16:アンコールチケットの販売所。

屋久島(島一周の巻・『10時』から『4時』まで)

時計で言うところの『10時』から『4時』まで、つまり島の残り半周であるが、このコースはあまり見所はなかった。

まず永田浜という浜辺があったが、強風にあおられて潮がとんでおり、とてもではないが見に行くどころではない。潮まみれでベトベトはイヤである。

その先、一湊には矢筈灯台があったが、そこは道路が途中までしかなく、そこから歩いて行けるかよくわからなかったのでパス。車をどんどん走らせる。
すると、『布引の滝公園』というのがあったので、ちょっと立ち寄り。

昨日の滝と比べると、少々ダイナミックさに欠ける滝だった。


この先は屋久島の繁華街、宮之浦となる。
商店が並んでいたが、天気も天気だったのでイマイチ活気もなく、うらぶれた感じだった。まぁ2月だしね、シーズンオフの離島だったらこんなものだろうとは思う。
ともかく昼時だったので、食事をすることに。観光マップでは『潮騒』という店を推していたので、そこに決めた。昼飯はトビウオ唐揚げ定食のお造りセットにて。推しているだけあって、中々の美味*1だった。

食後、また車で走ってあっという間に屋久島空港通過。
ここは『3時』の位置だから、このままでは大したものも見ないまま島の一周が完了してしまう。残念である。


無念ではあったが、他に行くところもなしでアッサリ安房帰着。時刻は13時前だった。前半は3時間半ほどを要したのに、後半は2時間も掛からず、しかも食事タイムを計上しての2時間だから、ほぼ車で走っていただけである。つまんねぇの。


特にこの後の予定もないし、折角だから走りついでに山に行ってみるかと、荒川林道を登ることにした。さっきまでどんより曇っていたのに、急に天気も回復して青空が覗いているし、ドライブ気分も盛り上がるってぇ具合だね。
雪で道路閉鎖とは聞いていたが、行けるとこまで行って後は引き返せばいいし。余った時間はおねむだ温泉がオレを待ってるぜ、とお気楽判断である。


で、登ってみたのだが、特に雪も無くズンズン進めるじゃ〜ないの。クネクネと道を登り、ついには終点のヤクスギランドまで行くことができた。コレはなぜ? 麓の、しかも観光案内所の情報とは違うじゃんか!
ヤクスギランドで話を聞いてみたところ、昨日の雨で雪が溶けたので、道路は今朝から開通した、とのこと。また園内も、朝の内に除雪作業をして、遊歩道は通れる状態にしたとのことだった。ただし、縄文杉のある登山コースはいまだに閉鎖中だそうだ。


ところでヤクスギランドとは、森の中に遊歩道のある散策路と、さらにトレッキングコースも設置して、割合手軽に屋久杉を見ることができる自然休養林のことである。30分・50分(これは遊歩道あり)・80分・150分(こちらはトレッキング用)の4コースが設定されていて、各自の気力体力に応じたミニハイキングが楽しめる。しかも世界遺産

ちなみに縄文杉は、ヤクスギランドとは別の場所にあり、こちらは本格登山を行わないと見ることはできない。


とは言え、だ。
今回は悪天候により縄文杉は不可能だったが、せめてもの屋久杉さんにはお目にかかれるワケで。言ってみればビッグネームの外タレが諸事情により日本公演をキャンセルしたが、代替としてそこそこネームの国内スターが公演を行ったと、オレは外タレのチケットを持っていたので、思わぬところでスターさんの公演を観ることができた、という感じだろうか。本命ではなかったが、まぁそれなりにウレシイかも的なヤツである。

で、500円にてヤクスギランド入場。雪がないという遊歩道の50分コースにチャレンジすることにした。

コースをしばらく歩くと、千年杉が登場した。手元のパンフレットには特に説明が無かったが、名前の通り多分樹齢1000年ほどだと思う。
1000年・・・、気の遠くなるような年月ではあるが、これでも屋久杉界の中では前座タレント的な存在なのだろう。


斜面はまだ雪が残っていたが、遊歩道には雪もなく快適に歩ける。コース上はたまに倒木があったりして、冒険心をそそるのだ。

倒木なのだが、ただの枯れ木ではない。この樹からまた新しい屋久杉が再生するので、撤去する必要はないとのこと。屋久杉の生命力、恐るべしである。


さらに歩くとコースの分かれ目に出た。発券所で言われたとおり、トレッキングコースには雪残りまくりである。

でも多数の足跡が付いているので、多分通行可能なんだろうと判断。モノはついでだからと予定変更で、80分・150分コースに乗りだした。


トレッキングコースは、まず橋で沢を渡る。橋の上から見た沢の水の美しいこと!

これぞ日本の森林美、と感動するのだ。

しかし、感動の後には苦難が待っていた。
トレッキングコースなどとしれっと書いてあったが、そこはある意味で登山コース。登っては下りの繰り返しで、少々キツい山道に変貌。さっきまでの楽々遊歩道コースとは天と地の差である、しかも足下は雪ぐしょぐしょ^^;
しばしヒィヒィ歩いて80分・150分コースの分かれ目に到着、150分コースの方は雪上の足跡がぐっと少なくなっていた。その上いきなりの急坂だ。
・・・みんな考えたことは同じなんだろうな、足跡あるからトレッキング行ってみよっと思って歩き出したが、ここまでの登り下りでギブしておとなしく80分コースを行ったんだろうな、多分。
オレもギブだよ、足下はトレッキングシューズだけど、それ以外の装備してないモン。


ってぇことで、しおしおと道を進み粛々と50分コースに再合流。
そこでは仏陀杉がオレを待っていた。

仏陀杉、樹齢1800年、このコースの中のスターである。
幹の左側にこぶがあるが、これが仏顔に見えるっぽいので『仏陀杉』の名が付いたそうだ。たまたまガイドツアーの方々がいて、そのガイドさんの話をオレもちゃっかり拝聴したのだな。
画像のこぶ、仏顔、あるいはせめて人面に見えるだろうか。オレには熊のように見える^^;


で、道を進むとくぐり杉に到着。

二股になっている下を遊歩道が通っている。作り込んだ感のある道である。
特に何も書いていないが、今までに見た杉の外観からして多分樹齢1200〜500年程度と値踏みした。誤差300年、普通であれば異常な数値だが、屋久杉にとっては許容範囲だと思う。


この先は、沢を渡ってから緩やかに登って散策コース完了。
とりあえずとは言え、年代物屋久杉の実物をいくつか見ることができたのでヨシ。ちなみに仏陀杉に勝る御大*2は、150分コースに挑戦しないとみること能わず、なのだった。


帰りのルートで見た宮之浦岳方面の景色、この中のどこかに縄文杉がある。
山はまた曇ってきた、屋久島の天気は変わりやすいと聞いていたが、これは本当だ。

待ってろよ、縄文杉。次は必ず会おうぜ(^^)


で、下山しておねむだ温泉に直行、相変わらずツルツル感絶大の湯はとても心地よかった。それにしても温泉、今日一日は大したことをしていないはずなのに、浸かるとどうして『達成感』に包まれるのだろう。


宿に戻り、山河湧水のボトルを冷蔵庫に格納、その後に夕食。
食後またおねむだ温泉に行き、火照った湯上がりに湧水を飲んでみた。


冷やしたやまんこ水は、とてもおいしかった。

(2018/02/11撮影)

*1:オレはマイルールにて、余程のことがない限り食事の写真は撮らないことにしている。なんかお店の人に対して失礼な気がするのだ。なので画像はなし。

*2:母子杉:2600年、小田杉:2500年などがあるらしい。

屋久島(島一周の巻・『4時』から『10時』まで)

さて屋久島の二日目、前日は時折の雨の中、だの温泉だのにうつつを抜かしていたが、この日は雨も収まりまぁまぁの日和となった。
強風が吹きつけてはいたが、車で移動するなら問題ないだろうと、朝の8:30から島一周ドライブに出掛けたオレだった。

ちなみにオレの宿泊先は安房(あんぼう)という港町。島は割合と丸い地形なので、時計に例えるとちょうど『4時』の位置となる*1。ここから時計回りにて一周するのだが、あちこち見ながら凡そ5時間くらいだと宿で教わった。一本道だから迷子になることもあるまい。


出発して20分弱、『やまんこ湧水』という表示を見つけて寄ってみた。やまんことな、何があるのだ?

ただの泉だった。
漢字で書くと『山河湧水』となる。ただの泉とは言え、その昔は貴重な飲料水であり、地区の人々が大切に守ってきたものだ、と看板に書いてあった。屋久島の名水としても知られている、とのことである。
湧き水であればさぞや冷たいだろうと思い、手を浸してみたらぬるかった^^; オレの知っている湧き水は、基本的に冷たいものばかりなのだが、どうやら屋久島ではその知識が通用しないらしい。オレ、またヒトツ開眼である。こうしてオレの知識は増えていくのだな、・・・ほぼ役に立たないが。

元々が飲料水であるからして、飲んでも問題ない水であるとは思った。が、このぬるさでは飲む気は起きない、とりあえず車内にあった空のペットボトルで持ち帰り、宿で冷やして様子を見ることにしよう。
かくて本日のお土産、第一弾のゲットである。


さて、さらに南下すると『シドッチ神父上陸の地』という表示が出てきた。
オレ、この人知ってる。東京国立博物館に所蔵されている聖母画、通称『親指のマリア*2』を持ち込んだ宣教師だ。屋久島から潜入したとは知らなかった、見に行ってみよう。
細道を進んでしばらく行くと、行き止まりに石碑があった。

しかし、具体的にどの地点から上陸したかまでは、さすがに不明である。とりあえず海岸の写真でも撮っておこうか。

って、どっちを見ても断崖絶壁じゃん!
とても人がよじ登ってきたとは思えない、本当にここから潜入したのだろうか。宣教師であれば、かなりの荷物を持っていたはずである。それを担いで登れるような崖じゃないって^^;
かくて、オレ的にはかなり疑問が残る場所であった。


さらに車を進め、昨日訪れた大川の滝を過ぎた。
ここからは世界遺産登録地点となる*3、ちっと期待が高まるのだ。

まずはヤクザルがお出迎え、強風の中、道端で毛繕いをしている集団だった。
多少晴れ間が出てきたから、日当たりのいい道路まで進出してきたのだろう。まぁ猿なので、特にかわいいと言う感想も持たず、カメラに収めて通過した。


猿通過後、道路が悪路へと変化した。『西部林道』というヤツであり、まさに林道であった。対向車が来たらタイヘンだぞ、急カーブの連続だぞ、当然スピードは抑えめになるぞの三重苦で、オレの好まない道路である。
観光マップに依れば、『世界遺産で唯一、車の通行が可能なところが西部林道です』などと書いてある。本当にそうなのだろうか?


悪路で車の操縦をしつつしばし熟考。
・・・セレンゲティって確か世界遺産だよね? でもアソコ、サファリツアーやってるよね? 当然、四駆でバリバリ走ってるじゃん、・・・オフロードではあるけど。
・・・プラハ城も世界遺産に登録されているけど、衛兵が城内を車移動してるの見たぞ、・・・城内は石畳の道だったけど。しかも衛兵は特権的な階級かと思われ。
・・・王家の谷やハトシェプスト女王葬祭殿、あそこも世界遺産だけど入り口から車で移動したぞ、・・・遺跡内専用の電気自動車だったけど。
・・・ギザのピラミッドは? ガイド車で各ピラミッド間を移動したよね、・・・ピラミッド本体はともかく、周辺の土地まで指定を受けているとは限らないけど。
・・・忘れちゃいけないイースター島、島全体が世界遺産なのに舗装道路はあるし一般車もバンバン走ってるじゃん(^^) ・・・屋久島が登録された時点では、イースター島はまだ世界遺産ではなかったけど*4
・・・んじゃ白川郷は? シンクヴェトリルは? あと知床は? ・・・これってば確か文化遺産だったよね? んで知床は自然遺産だけど、登録年が割と最近だったハズ。


このようにオレの知る範囲でも、車が通行できる世界遺産はいくつかあった。多分、他にもあるだろう。すると西部林道が『世界で唯一』っての、烏滸がましくね? う〜むぅ・・・。


オレは深慮の結果、『世界で唯一、外部からの連続した舗装道路が通じており、一般車の通行が可能な世界自然遺産(ただし屋久島の世界遺産登録時点での話)』が正解なのではなかろうかと、そのように結論づけた次第である。
たかが観光マップとは言え、誤解を招く表現は慎むべきだと思う。ただし、オレの結論が正解かどうかの確証はない。もし正解だったとしても、オレの結論通りに記載すると『コマけぇんだよっ!』と文句が出るだろうけど。


と、くだらないことを考えているうちに屋久灯台に到着、西部林道のほぼ終着点である。林道通過といったイヤな時間を無難に過ごすには、小難しいがくだらないことを考えるのが一番だ。

1897(明治30)年に完成したと言うから、既に120年間も現役灯台なのだ、がんばっているんだな。
さっきまで晴れ間があったのに、また一転してどんより空。岬はさらに風も激しく、この日は寒々しい風景になってしまった。

海も大荒れである。

荒れた海の向こうには、口永良部島が見えた。


さて、屋久灯台は時計で言うと、ちょうど『10時』の位置となる。つまり安房からここまでで、島を半周したワケだ。
世界遺産に期待したのだが、半周の中で見たところと言えば西部林道のみ。しかも車をちょっと停めてってなスペースがほぼ皆無だったので、写真を撮ることもできなかった。もし対向車がやって来たら、相手に大迷惑だしね。ところどころ、ジブリ映画的な景色もあったのだが、やはりマナー優先と言うことで*5


とりあえずこの時点で、時刻は午前11時ちょい過ぎだった。前半の半周で3時間半ほどを要したことになる。
残り半周についてはまた次回、なので乞うご期待、である。

(2018/02/11撮影)

*1:時計に例える言い方は宿で教えて貰った。島特有の言い回しらしい。

*2:とても美しい宗教画だったので、オレの記憶に残ったのである。

*3:島全体が世界遺産、というワケではない。

*4:屋久島登録:1993年、イースター島登録:1995年。

*5:などと優等生発言をしてみるが、停車するのが面倒だったのが半分、残りは『いい景色かも』と思った時点で既にかなり後方になっていたと言う現実問題に依る。

屋久島(温泉の巻)

温泉マニアの人々からすると、屋久島は有名どころだろうな、と思う。
無料の、露天風呂で、しかも海っ端で景色サイコー♪ という温泉が2ヶ所もあるのだ。その魅力たるや推して知るべし、である。
何と言ってもタダなんだし!


オレはマニアではないが温泉好きで、旅行先によさげな温泉があれば、可能な場合は入浴することにしている。ただし温泉のために旅程を組むことはほぼ皆無、ルート上に温泉があれば『寄ってみるか』程度のものである。
ではあるが、屋久島のタダ露天風呂には、やはり惹かれるものがあった。まぁ入浴はムリでも、見るぐらいは行ってみるかな、と。
でもでも〜、ちょうど頃合いの湯加減だったら入ってもいいかな〜^^ ってか入っちゃうかな〜、やぁ〜多分入っちゃうだろうな〜オレ(^^) と言うことで、シッカリとタオル持参で行ったのである。要は『入る気満々』だったのだ^^;


で、湯泊温泉である。

さすがは有名どころ、レンタカーのナビにもバッチリ登録されていた。このひなびた感がいい具合である。しかも誰もいない、入るには絶好のコンディションだ。
しかし前回も書いたがこの日は雨、しかも2月、ちなみに屋久島は『南の島』ではない、『西の島』である。当たり前だが冬は寒いのだ。


念の為、湯に手を付けてみたところ・・・、
ぬる過ぎっ!

とてもではないが入れる温度ではなかった。よって断念。まぁせめて手でも浸けておこうかね、ピチャピチャ*1


と、オレがこんなんしている所に一台のレンタカーがやってきて、車の陰で何やらゴソゴソし始めたではないか。
『まさか、ねぇ?』と思うほどに60がらみのオッサンが全裸でこっちにやって来た。風呂目的なら全裸は当然だろうが、この状況でスッポンポンかよ? コレってもしや、オレが甘いってこと? 温泉道を極めてないってこと?

・・・そうかも知れない、オレはまだまだ甘ちゃんで、マニア憧れの温泉であってもヌルくてサムいと言うだけの理由で尻込みしちゃうなんぞ、ハンパ者の証なのだろう。でもオレ、温泉入ったのに湯上がりが冷えるなんてのはイヤだ。


ともかくオレは、このオッサンに注意喚起する義務があるんじゃね〜かと思った。「すっさまじくヌルいんすけど、もしかして入るんですか?」とオレが聞いたら、「もちろん」って入っちゃったよ、このお人!

まぁ全裸で颯爽と登場して、『ヌルいよ、サムいよ?』と言われたからって引き返したんじゃ、温泉マニアとしての彼のプライドはズタボロだろう。でも首まで浸かってから「寒っ!」だと。オッサン、カッコ悪いし。


『もしかして有名ブロガーさん?』とも思ったが、それにしてもこの人は大丈夫なのだろうか?
超ヌル湯、しかも時折の雨、さらには風がビュ〜ビュ〜吹き付ける2月の浜辺、・・・マニアにしてもねぇ・・・物好きってヤツはいるモンなんだなぁと納得して退散。やはりオレには、マニアへの道は険しすぎると痛感したのであった。


このようなドラマを残し、オレが次に向かったのは平内海中温泉である。
『海中温泉』と言うだけあって、ここは干潮時にしか入浴できない。本日の干潮時刻は観光案内所で聞いている、今はちょうど干満の中間ぐらいの時刻だ。

温泉はまだ水没中、多少は顔を出しているが入浴は不可能に近い、ってか絶対ムリ。手を浸すこともできぬまま、写真だけ撮ってオシマイである。

ところでここにもドラマはあった。ただし翌日の話とはなるが。


で、翌日談。
この日は9:30位から干潮とのことで、島一周の途中で海中温泉に寄ってみた。もちろん写真を撮る目的のみで。なぜってこの日は強風で肌寒く、よほどの酔狂でもなければ露天風呂なんぞ入るモンかぃ、という日和だったのだ。
ところが、である。平内海中温泉では、既にオッサン二人が入浴中だった。しかも三人目のオッサンは服を脱いでいる途中だった。さらにその上、ガイドのオネェさんに引き連れられた観光客が見物までしていた。
寒風吹きすさぶ海っ端、と言うか海の中。衆人環視でも平然と湯に浸かり、あるいは脱衣するオッサン。一体何なのだろうか。

ためらいがちにオレは聞いてみた、「寒くないんですか?」と。
すると脱衣中のオッサンは「そりゃ〜寒いけど、湯に浸かれば温まるから。でもまぁ、こんな日は温泉好きでなけりゃ、入れないよ」だって。


・・・なるほど。
つまりオレは『温泉好き』ですらなかったと言うことか・・・、脱力である。今まで『温泉好き』を自認していたが、アレは夢想、オレの希望的思い込みだったのだな。


でもオレ、いくら超有名温泉とは言え、寒い中我慢して観光客の好奇の目に晒されながら風呂に入るくらいなら、『温泉好き』と言われなくてもいいや。ってか、この場はスルーした方が『真っ当な人間』という気がするし。

ともかく、干潮で絶好の機会ではあったが、オッサン入浴中の写真を撮っても仕方なかったので、撤収した次第である。なんかビミョ〜に負けた感がある気がした。


ってのが、オレの見た屋久島の変わり風呂有名露天風呂だった。
でも屋久島には、キチンとした(!)まともな温泉もある。

こちらは楠川温泉。
平内海中温泉からすると、島のちょうど反対側辺りにある。

なんとも・・・な外観である*2
風呂はこんなん。

保温用のアルミマットが寂れた感を漂わす。
実はここ、正確には『温泉』ではなく『鉱泉』なのだ。25℃ほどの湧き水をボイラーで沸かして風呂としているため、冷めないように保温対策がされているのである。
でも蛇口をひねれば、熱湯が出てくるので、そこは全く問題ない。言わば『家庭の風呂』の水質アップバージョンといった感じだ。

この時の湯は若干温めだったので、時折湯を足しながらの長時間入浴が楽しめた。写真の通り、誰も来なかったので貸し切り状態でもあったし。
肝心の湯は可も無く不可も無く、クセのない湯である。特筆事項は洗い場の床と風呂の壁。床には丸石が埋め込まれており、どこぞでたま〜に見かける『健康足つぼコース』的な造りになっているのだが、これが素足で歩くとかなり痛い。また壁には平石が積まれているのだが、多分『背中ツボ押し効果』を狙ってのことだと思うが、これまた微妙に痛い。
ツボに当たる最適な位置を探せばあるのだろうが、モゾモゾ動きながら湯に浸かるのも面倒だったので、人がいないのを幸いにど真ん中横伸び入浴を決行した。とても行儀が悪かった、と思う。

ちなみに湯上がり後は、体がしばらくホカホカしていたが、それが湯の効能なのか、はたまた長時間入浴の結果なのかは判然としない。


最後はオレの一押し、尾之間温泉である。『おのあいだ温泉』と呼ばれているが、地元の人は『おねむだ温泉』と言う。おねむだの方がカワイイ響きだと思う。

ここは地区の共同湯であるらしく、地元の方々がひっきりなしに入ってくる。もちろん観光客もひっきりなしに来る。
ひっきりなしの合間を縫って、たまたま誰も入浴していない時の撮影に成功した。ちっとラッキーだ*3
・・・ひっきりなしとは言っても、一度に数十人が入浴するワケでもないが。オレの経験上、毎度少なくても3〜5人は入浴中、だと思う。


『毎度』と書いたのは、ここの湯が非常に気に入ったので、オレは屋久島滞在中の2日間に4回も入浴したのである。昼間に一度、そして寝る前に一度の日々二度風呂だった。
まず湯がスゴイ、ツルツルヌルヌル感が半端なく強い。入浴中だけではなく、体や頭を洗うと、そのヌルヌル感がいつまでも続くのだ。当然、湯上がりはスッキリさっぱりする。そしていつまで経っても体が冷めない、まさしく温泉の効能、である。

次いですごいのが、足下自噴の源泉掛け流し、新鮮な湯が次々に沸いてくるのだ。その上、掛かり湯や各自体を洗った後のかけ湯は、風呂から直接くみ上げて使用する*4。言ってみれば、掛け流しだけでなく汲み上げまで行って、常に湯の鮮度が保たれている状態だ。
なんとも贅沢な風呂だと思う。しかも、あれだけザバザバ汲み出している*5のに、いっこうに浴槽の湯が減ることはない。かなりの湧泉量なのだろう。

湯温は割と高め、なので長時間入浴には向かないが、出たり入ったりを繰り返せばいいのだな。あるいは水を溜めてある小さい水槽もあるので、そこから冷水をかぶる、と言う手もある*6

浴槽の底には丸石が敷き詰められていて、ちっとばかりゴロゴロするが、痛いと言うことはない。この石がどのくらい埋まっているのか気になったので、湯に浸かりながらほじくり返してみたが、かなり深くまである模様で底を見ることはできなかった*7


全体として設備は若干古め、壁はコンクリート打ちっ放し、床は石タイルだが、各自適当に場所を陣取ってそこに直座りで体を洗う。風呂イスのようなものは、なかったと思う。洗い場的なシャワーカランはあるが、オレの知る限り使っている人は皆無だった。
よく言えばワイルドだが、悪く言っちゃうとショボい。かなり素っ気ない設備なので、こうした点が気になる人には向かないが、オレはこれらも含めて気に入った温泉だった。なにしろ本来が地元の共同湯だし、『温泉入浴』が目的ならば設備なんぞにあまり意味を求めないし、オレ(^^) シンプルに湯を楽しむ、それで十分である。


こんなんで屋久島では滝にテンション上がりまくったが、おねむだ温泉にも感激したオレだった。
温泉であれば、雨の影響はほぼ皆無である。

(2018/02/10撮影)

*1:この時点で足湯も断念。雨のため一帯が濡れているから、座る場所なんぞなし。その上、寒いのに靴下まで脱ぐのイヤだったし。

*2:入り口のガラスに写り込んでいるのはオレである。心霊写真ではない^^;

*3:温泉の写真は、誰も入浴していない状態じゃないと撮影できないからね。

*4:シャワー設備もあるが、これは『頭を洗ったときのみ使うこと』と注意書きがされている。

*5:男女合わせて10人ほどが、常にザコザコかけ湯をしているのだな。

*6:もちろん水槽に浸かるのは禁止である。そのように但し書きもされている。

*7:もちろん元通りに戻しておいたヨ。良い子のお友達はマネをしてはいけないヨ^^;

屋久島(滝の巻)

縄文杉が見たいと思って屋久島に行ってきた。
結果から言うと、縄文杉見ること能わず、無念の敗退である。まぁそれもヨシ、また見に行けばいいだけのことだ。旅行予定先のストックが、ヒトツ増えたと言うことで。


ところでなぜ敗退してしまったか。
答えは『天候に恵まれず登山できなかったため』である。お天気相手じゃね〜、こりゃもうどうにもならないわ〜。しかもタダの『天気』じゃなかったモンね〜。


鹿児島空港までは問題なかった。強めの雨の中だったが、JAL機は定刻に着陸した。
しかしここで思わぬ伏兵がっ!

なんと屋久島便は『天候調整中』とのことで、出発時刻が不定だったのである。この程度の雨で飛べねぇの? と思ったが、それは鹿児島上空のこと。屋久島上空では大雨 + 強風で、着陸が危うい状態なのだそうだ。現に屋久島行き第1便*1は、島まで行ったものの着陸できずに引き返してきた*2という。悪天候、侮り難しである。


で、オレの乗る第2便は30分の遅延を経て、『屋久島天候不順の場合は、鹿児島へ引き返す。または福岡まで待避する*3』という最悪の条件付きにて、とりあえず離陸したのである。戻ってくるならまだしも、福岡なんかへ連れて行かれた日にゃ〜、どうしたらいいものやら^^;;
と、不安を抱えながらも30分ほどのフライトにて、なんとか屋久島空港に一発着陸。一件落着である。オレ、天気運は割と強い*4んだな^^


とは言え屋久島、雨が降ったり止んだりの状態で、しかも降るときは凄まじい雨量だった。まずはレンタカーを借り、観光案内所に直行して山の状況を確認してみた。
すると「荒川登山口*5より先、そして白谷雲水峡*6はともに大雪で道路閉鎖です」とのこと。
なんでも膝上までの積雪だそうで^^;
わざわざ『アメニモマケズ、カゼニモマケズ』屋久島まで来たのに、あえなく『ユキニハマケタ』オレだった。
予報も雨がちだったので、それなりの装備は用意してあったが、雪じゃね〜。マジで遭難しちゃっても迷惑だしね〜、それ以前に雪こぎしての登山なんかイヤだよ、オレ。


ともかく2泊の予定で来ているので、急遽予定変更である。
で、本日は雨なのでタラタラ島の南側を車で回って滝見物、その後は温泉でのんびり。明日は天気回復の見込みなので島を一周してみるかと、若干締まりのないプランに切り替えた次第。


さて、まず見に行ったのが轟(とろーき)の滝である。

『海に直接注ぐ滝』と紹介されているが、ただそれだけの落差が小さい滝だった。しかし大雨中なので、水量ハンパねぇ! つか、水が跳ね上がってるし!!
ちなみに滝上にある赤い橋は、島を一周する県道である。でも、橋の上からは滝は見えないのだ。なので傘差して見に行ったのだが、この水量にテンションも上がり出した。


次いでこんなん、幻の滝*7

山肌に掛かる落差の大きな滝、さぞや有名な滝かと思いきや、観光マップには載っていなかった。たまたま近くにあった農協直売所で聞いてみたら、「あれは雨が降ったときだけできる滝で、名前はないよ〜。屋久島、雨が降るとあちこちに滝ができるからね〜^^」だって!
屋久島は滝天国だな、ただし大雨の時だけ。滝が好きな人にはもってこいの島である(ただし大雨の時だけ)。
その後、県道の先々で山肌に出現した滝を発見したが、雨の中車を降りて撮影するのも面倒だったので、それらは割愛。


そしてさらに車は進み大川(おおこ)の滝へ。

すっげ〜、滝の醍醐味爆発中なのだ! 見よこの水量!!
この時は雨も上がっていたが、水しぶきがね、もうすごくって。あっという間にビッショリになってしまった。雨の屋久島、かなり捨て難いモノがあるぞ。テンション上がるわ〜(^^)


ちなみに翌日の大川の滝は、こんなん。

打って変わっておとなしい滝になっている。これが通常バージョン、だと思う。もちろんテンションは上がらない。


さてここから一旦引き返し、最後に千尋(せんぴろ)の滝へ。
この滝だけは滝壺近くまで行けなくて、展望台からの遠景を見ることになる。

って。
遠景なのにこの迫力。水煙上がりまくりじゃん、しかも地響きのような落下音までしちゃって*8
屋久島の中では一番の水量を誇る滝、とのことだが、今日は普段の数倍増しなのだ。オレ、テンションMAXである。
あら〜、雨の日に当たったことが幸いしちゃったね。旅行で訪れる身分では、これは滅多に見ることのできない光景だと思うのだ。


この後、予定通りに温泉に入ったのだが、これがまた絶品だった。が、その話はいずれ。
ってことで屋久島、雨であっても十分に楽しめる島だと言うことを発見した第一日だった。

(2018/02/10撮影)

*1:離島便は始発から順に『第1便・第2便・・・』という表現をするのだな。わかりやすいね。

*2:他の島ではどうだか知らないが、屋久島では3回まで着陸を試みるそうだ。着陸態勢で滑走路を目指しながらも、機長が「あっ、これムリ^^;」と判断したらまた上昇し、ぐり〜〜っと回り込み直して再チャレンジとのこと。そんなん一度体験してみたいものだと思う。

*3:鹿児島空港悪天候になったら、ってこと。

*4:ちなみに後続の第3便であるが、やはり天候不順で欠航したそうだ。

*5:縄文杉トレッキングの玄関口。

*6:弥生杉トレッキングのできるとこ。

*7:オレが勝手に名付けた。

*8:動画もあるのだが、オレはセコく無料バージョンしか利用していないので、臨場感を伝えられなくて恐縮である。